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デリーの概要 |
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地理|人口|歴史|政治・経済|気候
デリーの緯度は、北緯28度で奄美大島とほぼ同じです。 海抜 239m、面積は 1,483k㎡ (東京都の 70%)。ハリヤナ州、ウッタルプラデシュ州に囲まれた平地にあり、ガンジス河の支流であるヤムナ河の西岸に広がっています。
デリーの名前の由来は8世紀のDillu王と言われていたり、ムスリム(イスラム教徒)がここから統治する入り口の意である"デヘリーズ"が変化したとの説もあります。地勢的にデリーは北インドを統治し易い位置にあるため、歴代の王朝がデリーを拠点としました。インドの主要都市からの飛行時間は、それぞれムンバイ(ボンベイ)から1時間50分、コルカタ(カルカッタ)から2時間、チェンナイ(マドラス)から2時間30分です。1931年に、デリーの南の広漠とした空地にイギリス人によって建設されたのが計画都市ニューデリーで、以来従来のデリーをオールドデリーと呼ぶようになりました。
ニューデリーの中心道路は、南北に走るジャンパトゥ(民道という意味)、東西に走るラージパトゥ(王道という意味)です。ジャンパトゥはショッピング・センターの多いコンノート・プレイスから南に一直線に走っています。ラージパトゥはインド門から大統領官邸まで通じています。これらニューデリー中心部はイギリス人によって作られましたが、私たちが住む地域の大部分は、1947年のインド独立後にできたものです。印パ分離独立によりパキスタンから多くの避難民がインドに流入しましたが(この多くはパンジャブ人)、彼らが作った町がGOLF LINKS、SUNDAR NAGAR、JOR-BAGH、FRIENDS COLONY、DEFENCE COLONY等です。皆さんの家主にはパンジャブ人が多いのではないかと思います。
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デリーの人口は約1,385万人です。女性が624万人、男性が761万人。1991年から2001年の人口増加率は47%です。人口密度は1k㎡あたり9,340人。デリーはインド最大人口都市のムンバイ(人口1,450万人)に次ぐ大都市です。
(数値は全て2001年の国勢調査より抜粋)なお、識字率はデリーで約82%。
(参考:http://www.censusindia.net/)
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デリーは世界にも稀な遺跡の町です。関心を持って見てみると、遺跡が至る所にあることが発見できます。この大半はムガール帝国以前に造営されたものです。QUTAB
MINAR(クトゥブ・ミナール)がその代表です。また、大型の遺跡はムガール帝国時代のもの、例えばRED FORT(レッド・フォート)、HUMAYUN'S
TOMB(フマユーン廟)等多数あります。オールドデリーは今では雑然とした汚い町になってしまいましたが、以前は緑と水の豊かな城下町でした。ムガール帝国滅亡の契機となった大反乱(1857年)後、デリーは略奪により阿鼻叫喚のうちに廃墟と化してしまいました。
イギリス統治の最初の首都はカルカッタでしたが、1911年にデリー遷都が宣言され、イギリス人建築家の設計により、1931年、従来のデリーの南に新しい都市ニューデリーが完成しました。イギリスは高台に340部屋からなる建物(ベルサイユ宮殿より広大)を建設しましたが、これが今の大統領府です。また、ロンドンを手本にして円形の広場と高級商店街ができました。これがコンノート・プレイスです(因みに、コンノートはヴィクトリア女王の三男の名前)。1947年のインド独立以来、デリーはインド共和国の首都として現在に至っています。
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デリーはインドの首都であるとともに、1991年の憲法改正により、州に準ずる行政機構を持つようになりました。現在の準州首相はコングレス党のDikshit女史です。
以前はインド人民党(BJP)政権でしたが、同党は1998年11月に行われた選挙に敗北し、与党の座から転落。替わってコングレス党(国民会議派)が政権の座につき、2003年12月の選挙でも勝利をおさめました。デリー州議会の議席数は70ですが、コングレス党が47議席を占めています(BJPは20議席)。
デリーは政治都市としての色彩が強く、産業発展の側面ではムンバイの後塵を拝しているといわれてきましたが、最近ではビジネスの中心地として、隣接するグルガオン地区やファリダバード地区(何れもハリヤナ州)、ノイダ地区(UP州)とともに、その存在感を高めています。これらの地域の日系企業数も徐々に増加し、現在では100社余りが様々な分野で事業活動を展開しています。デリー及びその近隣地域は、四輪・二輪車の一大生産拠点であり、我が国製造企業及び多数の部品製造企業が進出しています。また、グルガオンでは近年IT・ソフトウェア企業が増加しつつあり、バンガロールと共にIT産業の集積地になりつつあります。
一方で、急速な経済発展と共にデリーでは、水道、道路、電力、通信、ゴミ・屎尿処理といったインフラの不足と未整備が深刻化しつつあり、政府も対応を急いでいます。市内各所で陸橋工事が進められているのが目につきますが、このほか、2002年からは日本の資金援助で建設された「デリー・メトロ」も徐々に営業地域を拡大しており,交通インフラの改善に寄与することが大いに期待されています。
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インドの気候は、HOT、HOTTER、HOTTESTとよく言われますが、季節は一応あります。西の砂漠地帯からの乾燥熱風、北のヒマラヤ山岳地帯からの冬の湿った冷たい風等に影響を受ける内陸性気候のデリーでは、次の3つの季節の特徴があります。一般的にホーリー(3月末から4月初め)から暑くなり、ディワリ(10月末から11月の初め)から涼しくなると言われています。
1) 乾燥期:9月下旬~3月中旬(秋と冬)
温度は20度前後で夏の軽井沢並の気候です(但し、1~2月のある期間は気温が下がり、湿度が低くなるため冷え込み、ヒーターが必要です)。12月下旬から1月は、霧・スモッグがひどく、飛行機が欠航することもしばしばあります。3月上旬から温度は急激に上昇し、春はとても短いです。
2) 暑熱期:4月~7月(酷暑)
温度は45度をしばしば超えます。暑さのためデリー中の蚊・蠅がいなくなります(天然殺菌期間と私たちは呼んでいます)。ゴルフ場で日射病に罹る人もいます。紫外線も強く、あまり太陽光線にあたりますと、お肌にシミができますので、ご婦人方は要注意です。
3) 雨期:7月下旬~8月(モンスーン)
雨期といっても、連日、且つ、一日中雨が降るわけではありません。気温は若干下がりますが、湿度が上がりますので、不快指数は高まります。9月になるとまた気温は40度近くに上がります。これをセカンド・サマーと呼んでいます。
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デリー生活の手引き デリーの概要|赴任前|赴任後 1.手続き|2.お金|3.交通|4.通信|5.住まい|6.家事補助者|7.保健・衛生|8.安全に暮らすために|9.教育・文化|10.娯楽|11.赤ちゃんとデリーで暮らす|12.ペットと一緒に日本に帰る|13.買い出し情報|14.帰国が決まったら|15.インドの文化・慣習・お祭り|デリー医療案内|カレンダー|デリー緊急電話帳|デリー写真館

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