もうじきDussehra(ダシェラ、ドゥセラ、など発音はいろいろですが、ここではダシェラに統一します)のお祭り、それに続いてDiwali(ディワリ)のお祭りの季節がやってきます。お祭りの期間、多くの会社、学校がお休みとなり、マーケットにはきれいな飾りがなされ、街中がにぎやかになるのはご存知でしょう。この時期、買出しや旅行などでデリーを離れる日本人の方々も多いと思いますが、インドの人々はどのように過ごしているのでしょうか?何人かのインドの方や、インドの方と結婚されている日本人の方にもご協力いただいて調べてみました。
≪お月様と祭日の***な関係≫
ヒンドゥー教の祭日はほとんどのものがヒンドゥー教の古い暦(太陽暦と太陰暦を組み合わせたもの)にのっとって行われます。ディワリはヒンドゥー暦でカーティック(西洋暦では10月or 11月)と呼ばれる月の満月から2週間後の「新月」の日、ダシェラはその20日前と決められています。したがって年によって日にちが変わり、2002年は10月15日がダシェラ、11月4日がディワリとなります。(ちなみにもうひとつの大きなお祭りであるHoli (ホーリー)は「満月」の日です。)
≪ダシェラのダスは10の意味≫
Dussehra のdusはヒンディー語の10の意味をもっています。ダシェラのお祭りは10日間続き、そのうち、ダシェラの前9日間、プジャ(ヒンドゥー教のお祈りの儀式)が行われます。各地で、英雄ラーマと戦った3人の悪魔ラーヴァナ、クンバカルナ、インドラジットの張りぼて人形が作られ、10日目のダシェラの日、ラーヴァナたちがやっつけられる場面が再現され、爆竹や花火とともに3人の張りぼて人形が燃やされます。
≪光のお祭り・・・ディワリ≫
ディワリは、ヒンドゥー教の神様ヴィシュヌの化身である英雄ラーマが14年間追放されていた自分の王国アヨーディヤに無事帰還したことを祝って行われ、女神ラクシュミ(富と幸運の神で、ヴィシュヌの妻)を迎えるお祭りです。別名『光のお祭り』とも呼ばれ(もとのサンスクリット語「ディーパーワリー」は「灯明の列」の意味)、家々は「ディヤ」とよばれる小さな素焼きの皿のランプやろうそくの灯で飾られます。豆電球でバルコニーや外壁にイルミネーションを施す家もあります。また、爆竹や花火などが、様々な場所でにぎやかに放たれます。
ただし、その年身内にご不幸があったお宅では、ディワリのお祝いはしないのがならわしだそうです。(これを聞いて、日本の「お正月」と同じだなと思いました。)
≪ディワリの準備は大変です!≫
ディワリに向け、家々では家中すべての壁の塗り替え(ホワイト・ウォッシュ)をしたり、大掃除をしたりするそうです。新しい服を用意し、親しい人やお世話になった人、親戚の人や近所の人などにあげるプレゼントやお菓子を準備したりもします。(この時期、インドの人はとても『物入り』なのだそうです。ディワリがボーナスの時期に当たっているのも、このため??) プレゼントには、甘い物、ドライフルーツ、ナッツをはじめ、シルバーやゴールド、陶磁器などなど。毎年毎年いろいろとアイディアが必要で、結構大変、との声も聞かれました。
ディワリの一週間前ぐらいから(早い人は一ヶ月前くらいから)プレゼントが配られ始めます。もちろん一言添えた「ディワリ・カード」とともに・・・。 相手が近くに住んでいる人ならば、プレゼント交換はディワリ当日にしたりもするそうです。
≪ディヤの光は「お迎え火」≫
ディワリの数日前から前日までに(各家庭による)、玄関先または門のところにディヤを置きます。「人が住んでいる家庭がここにありますよ」と女神ラクシュミにお知らせしてお迎えするためです。(そういえば日本でもお盆の時にはご先祖様が迷わず帰ってこられるよう「お迎え火」をしますね・・・)
ディヤは、素焼きの皿の中にギー(ミルクから作った油)またはマスタード・オイルを入れ、コットンで芯を作り、灯をともして使います。ろうそくの灯は風ですぐ消えてしまいますが、ディヤについた灯はなかなか消えないそうです。
≪ディワリ・・・心新たに・・・インドの人々にとっての「お正月」≫
そして迎えたディワリの日。新しい服で身を包み、 "HAPPY DIWALI !!" とお互いに声をかけあいます。(私たち日本人も、お正月には新しい服を着て、「あけましておめでとう!」といいますよね。) 家族でマンディール(お寺)にお祈りに出かける人もいれば、近くの人にプレゼントを配る人もいます。あるご家庭では、神棚に灯す「ディヤ」(これから一晩中消えないように灯りを守るのが主婦の役目なのだとか)をギーでこしらえ、神棚にささげるお供え物をつくるのが当日の朝の主婦の仕事だそうです。
日が沈んでからがディワリ本番。家中の部屋ひとつひとつ、台所にもディヤやろうそくで灯りをともし、外やバルコニーにも灯りを置き、窓や戸も開け放ちます。富と幸運の神ラクシュミを我が家に迎え入れるためです。神棚の前に皆が集まり、プジャがおこなわれます。
≪お祈りの儀式・・・プジャ≫
プジャでは、まずラクシュミの像の前に、お米(玄米)や麦、様々な種類のダル、野菜、果物、そしてお菓子などを、お線香を焚いてお供えします。 お坊さん又はお坊さんに代わる年長者がハバン(火を燃やして、火の中にギーを入れ、お供え物を少し入れる)をし、サンスクリットのマントラ(お経)を詠みます。その間皆は手を合わせています。その後、神様の像にロリと呼ばれる赤い粉でティカ(額に赤いしるしを付ける)をし、お水をあげて、お花を捧げます。そして、皆の額にも、お坊さんまたは年長者によってティカがほどこされます。 (インド映画にはよく出てくるシーンなので筆者にはなんとなくイメージがわきますが・・・皆さんはいかがでしょうか?)
プジャのあとは、お供え物が「プラシャート」(お祈りのあとのおすそわけ?)としてその場にいる人みんなに分け与えられます。(そういえば日本でも、いただきものをまず神棚やお仏壇にお供えしてから、下げた後食べる、ということ、しますよね・・・)
≪ディワリの夜は一晩中大騒ぎ!!≫
そして各々の家でプジャをおこなったのち、食事をし、お酒を飲み、カードゲームをしたり、花火をしたり爆竹を鳴らしたりして、一晩中もりあがるそうです。友人や親戚同士で集まることも多いとか。この日ばかりはギャンブルも暗黙の了解となっていて、けっこう大きな額がやりとりされることもあるとききました。お酒やギャンブル、また明かりが灯され窓や戸が開け放たれていることもあって、昔からディワリの夜は泥棒も多いそうです。(ちなみに筆者は去年初めてディワリシーズンをデリーから離れず過ごして、花火や爆竹のあまりのにぎやかさに、どこかの地区で銃撃戦が起きたのではないかと思うほどでした。)
≪ディワリの後もまだまだ・・・≫
ディワリの次の次の日が、Bhaiyaduji という儀式の日。Bhaiはヒンディー語で「兄弟」の意味です。ディワリは一般的に前後含めて5日間お祝いされますが、これがディワリのお祝い期間最後の日となります。この日は兄弟のところへ姉妹がやってきて、彼らの健康と長寿を祈り、『私を守ってね!』とお願いする日なのだそうです。兄弟の額にティカ(赤い粉「ロリ」と米粒とサフランを少々・・・)をつけ、甘いお菓子(最近ではインドのお菓子だけでなくチョコレートなど洋菓子で代用していることもある)を口に運び食べさせてあげます。兄弟は姉妹へ『よしわかった。守ってあげるよ!』と約束し(?)、お返しのプレゼントをします。お金になることが多いですが、もので返す人もいるそうです。兄弟姉妹の多い人たちは、するほうもされるほうもたいへんだろうなあ・・・
≪地方によって異なる祝い方≫
ベンガル地方では、ダシェラはシヴァ神の妃で悪魔と戦うドゥルガー女神の祭り(ドゥルガー・プジャ)として祝われるそうです。ドゥルガー・プジャは外で行われるお祭りで、それぞれのコミュニティーで皆が資金を出し合って、ドゥルガーの像を作り(その土地のいろいろな場所から土を集めて像を作るのだそうです)、お坊さんを呼んでお祈りの儀式(プジャ)をし、キチュリと呼ばれるお米とダール(豆)のお粥や野菜のカレーを来た人みんなに振舞います。また音楽や舞踊の催し物もあります。10日間のうち、6日目がお祭りの始まり、8日目がメインで、一番いいサリーを着て、ドゥルガー像のところを家族や親戚と一緒に転々と拝んで回るのだそうです。(お祭りが何日も何箇所も続くので、そのたびに違うサリーに着替えなくてはならず、衣装の用意がたいへんだとききました。) そして10日目に、マー・ドゥルガー(母なるドゥルガー)の像は川(ガンジス)に流されます。既婚(未亡人はだめ)・未婚の女性がスウィート(甘いお菓子)をマー・ドゥルガーの口に食べさせ、シンドゥールと呼ばれる赤い粉(既婚女性のしるし)をマー・ドゥルガーの額のはえぎわにつけます。そして、川に流すのです。ここデリーでも、ベンガル出身の人々の集まって住むコミュニティーでは、ダシェラにドゥルガー・プジャが行われているそうです。ドゥルガー・プジャが終わると、2,3日のうちに、親戚の目上の人のところにあいさつに出向くのがならわしだそうです。
ダシェラ(ドゥルガ・プジャ)が終わって5日目の満月の夜に、「ラクシュミー・プジャ」がおこなわれます。ラクシュミーの像にお供えをし、お香を焚いて、太鼓を鳴らし、お経を唱えます。そしてラクシュミー・プジャから数えて15日目(ちょうどディワリと同じ日)に「カーリー・プジャ」がおこなわれます。カーリー女神は、マー・ドゥルガーが変身した姿で、色が真っ黒で残酷で殺戮を好み、ヒステリー状態になった女性の姿で現されます。彼女を鎮めるためにシヴァが地面に横になり、カーリーは夫を踏みつけている自分に気がつき正気にもどっておもわず舌を出してしまった、という姿で宗教画にはよく描かれています。
ある方のおうちでは、14日目に14種類の草を入れたお料理を作り(日本の七草粥みたいなかんじ)、15日目には「ロッキ・プジャ」という、家でやるプジャをされるのがならわしだそうです。玄関や階段、隅の暗いところにろうそくを立て、お米の粉を水でといて家の入り口から神棚まで足の型(ラクシュミーの足跡?)をつけ、ラクシュミーの像にお供え物(果物や甘い物)をして、プジャをし、終わったら像を川に流すのだそうです。
≪おわりに≫
「冠婚葬祭」とよくいいますが、今回その「祭」について、いろんな方にお話を伺ったり、文献にあたったりして、インドの人々が家や、家族や、地域の古くからの伝統をとても大切にしている様子を知ることができました。家庭の主婦の役割もとても大きなものがあるように思いました。なかには日本の文化をほうふつとさせることがらもたくさんあり、昔の日本の人々もこうだったのでは、と思える一面もありました。わたしたちの文化のルーツは案外ここインドにあるのかもしれないと・・・。外国人として今まで見ていたこのインドという国、もっともっと内側に入り込んで見てみたら、意外と深いところで同じものがみつかるのかもしれません・・・。
取材に快くご協力くださった方々、ありがとうございました。
ご協力いただいた方々: 明日仁見様
ボース栄様
ミトラ美沙子様
ローチャン由理子様
Mrs.Burman
Mrs.Kulveen Kaur
Ms.Namrata
参考文献: インド神話入門 (長谷川明著) 新潮社とんぼの本、
ブルーガイド・ワールド28 インド 実業之日本社
地球の歩き方 インド ダイヤモンド社
世界各地のくらし8 インドのくらし ポプラ社
文責: 齊藤明子
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