| デリーで芝居を観る方法 |
結城 雅秀
この25年ばかり、ロンドン、パリ、ニュー・ヨーク、東京等で芝居を観てきた。そして、この3年近くはデリーに住んで、芝居を追ってきている。今日は、当地での経験に基づき、インド演劇の特徴、デリーで芝居を観る方法、デリーの劇場、インド演劇の注目点などについて紹介する。
デリーはインド演劇の伝統的な中心地ではないが、それでも面白い。
インドは広大な国であるから、方言ではなくて、互いに独立した言語が数多く存在する。主要なものだけでも、14以上もある。演劇は言語が基盤になっているから、演劇の種類はインドの地方毎に異なっているし、特徴も異なる。だから、インドの演劇は多様性に富んでいて、「インド演劇」とひとことで纏めることが出来ない。その観点から言えば、デリーはインドにおいて演劇の中心地ではない。首都であるから各地の劇団が訪問するのではあるが、文化的雰囲気から言えば、演劇よりは他の種類の舞台芸術の方が盛んである。例えば、ショーヴナ・ナラヤンの踊りは、人間の存在や超自然的な存在について、演劇以上のものを伝えはするのだが、このことは、この原稿の本題ではない。
デリーよりも、演劇が盛んな都市は、ムンバイとコルカタであろう。前者は、マハラート語の演劇をやっており、後者はラビンドラナート・タゴールの作品で有名なベンガル語の芝居の中心地だ。ここ、デリーで演じられる演劇は、半分弱が英語で、半分弱がヒンドゥー語。後は、ウルドゥー語や他の言語の芝居である。デリーにおける演劇は極めて古い伝統に基づくものではない。デリーは、歴史的にはイスラーム文化圏であるし、演劇はイスラーム文化の一部を構成していない。従って、デリーで演劇が始まるのは、英国統治時代のことだ。だから、デリーの芝居は、日本の「新劇」が抱えているのと同じ種類の問題点を抱えている。シェイクスピアを演じるのに、西欧の真似事をせねばならず、現代演劇が、伝統的かつ固有の舞台芸術の歴史から分断されてしまっているのだ。
ヒンドゥー語の芝居の多くは、現代戯曲家によるものだ。デリーにおける芝居の題材は、人間存在の矛盾を抉るような、真面目で、社会的なものが多い。題材として、二つの重要な対象は、1947年のパーティション(分離独立)の経験からくる苦悩、家族や肉親の分断といったものと、それに、女性の地位が低いことに起因する人間の苦悩である。
どうやって芝居を探すのか?
まず芝居を選ばねばならない。世界各地の多くの都市では、芝居を選ぶために新聞を見ることが多いのだが、東京とデリーでは、演劇の日程については新聞が余り頼りにならない。東京で言えば『ぴあ』や『シアター・ガイド』のようなものが必要になる。これに当たるのは、デリーでは『デリー・ダイアリー』だ。これは週刊であり、毎週、木曜日に発行されている。大手の書店や、主要なホテルの書店にあるので、これを買うのだが、デリー居住者の場合は定期購読する方が便利である。
『デリー・ダイアリー』の冒頭には「舞台芸術」の紹介があり、主要な芝居がある時には、ここに取り上げられている。だが、ここに何も書いてない時でも芝居をやっていないわけではなく、日付毎に分類されているセクションを調べること。このセクションでは、金曜日から始まって、翌週の木曜日まで、日付順に演目が書かれている。毎日、「音楽と舞踊」「演劇」「講演とセミナー」「その他」として、分類された演目が書かれている。それで、「演劇」のところから選んで、当日、直接、現場に行けば良い。
極く最近になって変わってきたのだが、デリーでは伝統的に入場料を払って芝居を観る習慣がない。それで、多くの演目について、主催者が招待状や整理券を配っており、これを事前に入手する必要のある場合もある。だが、多くの場合は、現場で整理券を配っていたり、100ルピーばかりを支払って入場券を購入する仕組みになっている。概して、歌や踊りには多くの観客が入るのだが、台詞劇には余り観客が入らない状況となっている。
事前の準備なしで芝居を観るためには、英語の芝居を選ぶべきであるが、ヒンドゥー語の芝居を観る時には、二つの方法がある。ひとつは、作品を誰かに読んで貰って梗概を聞いておく。もうひとつは、劇場で、親切そうな老人の横に坐って、幕間の間に概略を取材する方法である。信用の出来るアシスタントが同行すれば、その方が良いのではあるが。ヒンドゥー語の芝居であっても、それ程、恐れる必要はなく、西欧古典ものの脚色であることも、しばしばあるので、これは気楽に観ていられる。例えば、「ペール・ギュント」などのように。
どの劇場に行くのが良いのか?
これまでの経験によれば、デリーに数ある劇場の中で、私が、最もよく出掛けている劇場は、次の4つである。「アクシャラ劇場」(これはホテル日航の近くにある)を除くと、何れも「マンディー・チョーク」の辺りにある(つまりは、FICCI=インド商工会議所連盟の近く)。「マンディー・チョーク」はデリーの「ブロードウェイ」であり、「ウェスト・エンド」なのだ。
4つの劇場とは、「カマニ公会堂」「スリ・ラム・センター」「アクシャラ劇場」「アビマンチ劇場」である。この他には、「インド国際センター」「インド・ハビタット・センター」「ブリティシュ・カウンシル」「アリアンス・フランセーズ」等も良質の演目をやっている。「カマニ公会堂」の作品が一般的には最も良いと考える。ここの作品は一定の水準を保っているのだ。「スリ・ラム・センター」は「カマニ」よりも広くて、付属の演劇専門書の書店やカフェーなども充実しているのだが、施設がいかにも古い。演劇関係者によれば、ここで芝居をやるのは、どうも寂れていて、憂鬱になると言う者もいる。「アクシャラ劇場」は、ゴパール・シャルマが所有する劇場であり、妻の看板女優が芝居をやっており、質も良いと考えるが、芝居の頻度が少ないし、最近、演目がマンネリ化している。だが、ここの『ラーマーヤナ』は斬新な解釈も含まれていて、大変に面白かった。
「アビマンチ劇場」は「国立演劇学校」(NSD)の敷地の中にある劇場である。施設は古いのだが、空間的にはなかなかしっくりとくる劇場である。デリーの「国立演劇学校」は無視できない存在である。社会主義時代の遺産であるのか、広大な敷地の中にあるこの学校はしっかりしており、古典芸能、現代演劇の双方の分野において、俳優になるための訓練を学生に提供している。教授陣も図書館も充実している。但し、この演劇学校を出て、プロフェッショナルの演劇の道に進む生徒は多くない。大多数が映画やテレビの道に進んでいるのは、現代における世界的な趨勢とも言うべきか。芝居が面白ければ、観客は映画やテレビから劇場に戻ってくるものなのだが。
なお、「インド・ハビタット・センター」には、正面左手の施設の地下に小さな空間があり、ここで時々芝居をやっている。この空間は見逃すことが出来ない。今はなき渋谷の「ジャン・ジャン」を思い出させる空間であり、経験によれば、ここにおける演劇の質は高い。
どんな芝居をやっているのか?
ここでは伝統的な舞台芸術を含めないものとしているのだが、その限りにおいて、どのような芝居がデリーで演じられているのかとの点について、例を挙げつつ触れてみたい。やはり、最初に来るのは、日本の「新劇」に分類されるような翻訳ものである。英国統治時代からの伝統であるのか、シェイクスピアを結構やっている。記憶に残るものだけでも、『夏の夜の夢』(部族の慣習を取り入れたハビーブ・タンディール演出のもの)、『ロミオとジュリエット』(ヒンドゥー文化圏に脚色してあり、僧ローレンスは、「オーム・ナマシヴァー」などと唱えている)、『マクベス』(マニプール文化を取り入れた幻想的なもの)等である。英語圏のものでは、バーナード・ショー、ニール・サイモン、ハロルド・ピンターなどが演じられている。フランス芝居では、モリエール、マリヴォーなど。ロシア語圏では、ドストエヴスキー、チェーホフなどの人気が高い。
現代作家によるものでは、最近の作品では、『ママでしょ、パパの言うのは』が特に印象に残っている。これは家庭内における近親相姦を扱うもので、父親から性的な虐待を受けた少女が心理的なトラウマを克服するプロセスを描くものであった。
外交団の芝居では、前の在印英国大使のロッブ・ヤング卿が演じたオスカー・ワイルドの『アーネストでなくては』とか、ドイツの在印次席をやっていて、今はウズベキスタン大使として転勤したハンス・キダレーン氏が定期的に自宅で開催していた演劇の夕べ。ここでは、ジャワハーラル・ネルー大学のチョードリー教授が、アルトーやヤン・コットを題材とする芝居を演じていた。
ユニークなものとしては、毎年、大阪外国語大学からやってくる溝上富夫教授演出のヒンドゥー語劇、それに、最近の中村鴈治郎・翫雀による「歌舞伎教室」が特記に値する。
(2004年9月3日、ゆうき・まさひで、演劇批評家)
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