インド映画入門
アルカカット
 デリーに住む日本人は、大きく2つのタイプに分かれるという。1つはインド映画が好きな人、もう1つはインド映画が嫌いな人。ある統計によると、後者のタイプよりも前者のタイプの人の方が、概して充実したデリー生活を送ることができると言う。言わば、デリー在住邦人の「勝ち組」となるには、インド映画をエンジョイすることが重要なのだ。今回は、インド映画の伝道師である私、アルカカットが、皆さんを華麗なる「勝ち組」へと誘うべく、インド映画の楽しみ方を徹底的に伝授することとなった。

 まず断っておかなければならないのは、インド映画と一口に言ってもいろんな映画があることだ。ご存知の通り、インドは世界一の映画大国であると同時に多言語国家であり、いろいろな言語で、いろいろな特徴の映画があちこちで無数に作られている。その中でも、デリーに住んでいる皆さんが特に目にする機会が多いのが、ヒンディー語映画である。ヒンディー語はインドの第一公用語で、北インド一帯で使用されている言語である。インドの中でも圧倒的に人気があるのはヒンディー語映画であり、一般にインド映画と言った場合は、このヒンディー語映画のことを指す。主にマハーラーシュトラ州のムンバイー(旧名ボンベイ)で製作されており、ハリウッドにボンベイの頭文字Bを掛け合わせて、ボリウッド映画とも呼ばれている。よって、インド映画≒ヒンディー語映画=ボリウッド映画と理解してもらって差し支えない。ちなみに、一時期日本で大ヒットした「ムトゥ 踊るマハラジャ」などは、南インドのタミル語映画であり、ボリウッド映画とは言語も特徴も俳優も全く異なった映画である。

 インド映画の特徴はいくつかある。上映時間が2時間半~3時間半と長時間であること、途中に休憩時間が入ること、ミュージカル・シーンが挿入されること、横長のシネスコサイズであること、勧善懲悪的ストーリーが多いこと、ハッピーエンドが多いことなどが有名だ。ロマンスあり、冒険あり、笑いあり、涙あり、何でもありのその独特の味付け法から、マサラ・ムービーなどと呼ばれることもある。インドで一般に公開されているものはこのマサラ・ムービーである。一方、サタジット・レイなどに代表される社会派映画もインドでは制作されているが、一般に公開されることは少ない。デリーの映画館で公開されているインド映画は、ヒンディー語のマサラ・ムービーであることがほとんどだ。

 デリーでインド映画を見ようと思ったら、まずは新聞やインターネットなどで情報を仕入れるといい。どの新聞にも映画の上映時間が載っている。伝統的に、インド映画の上映時間は、正午、3時、6時、9時の1日4回上映だが、最近デリーで流行しているシネマ・コンプレックス(シネコン)は、変則的な時間となっているので要注意である。ウェブサイトを持っている映画館なら、インターネットで上映中の映画と時間を調べることができる。
デリーの主な映画館のURLは、PVR系列(http://www.pvrcinemas.com/:デリー各地+グルガーオン)、DTシネマ(http://www.dtcinemas.com/:グルガーオン)、サティヤム系列 (http://210.7.69.139/satyam/default.asp:パテール・ナガルとジャナクプリー)、3CS(http://www.3csmovies.com/:ラージパト・ナガル)、チャーナキャー(http://www.chanakyacinema.com/:チャーナキャープリー)などである。シネコンの入場料は一律150ルピー前後、一般の映画館は席によって値段が違い、20ルピー~100ルピーほどである。どちらも指定席で、チケットさえ購入できれば席は必ず確保できる。チケット売り場の人に頼んで、なるべく中央の席にしてもらうのがコツ。約1週間前から予約をすることもできる。大人気の映画だと、封切後1~2週間はチケット入手が困難になることがあるが、多くの場合、上映開始10分前くらいに映画館に着くようにすれば、普通にチケットを確保できるだろう。デリーの映画館は特に警備が厳しく、入場する際には身体検査や手荷物検査がある。携帯電話は持ち込み可だが、カメラや電子機器は持ち込み厳禁なので、映画を見るときは予めそれらのものを家や車などに置いてくるよう心がけるべきだ。一応、クロークが用意されている映画館もあるが、全てではない。映画館内部には売店やトイレなどがある。前述の通り、インド映画には必ず途中休憩があり、ハリウッド映画などの途中休憩がない映画でも無理矢理休憩時間が用意されるので、その間に飲食物を買ったりトイレに行ったりすることができる。映画が終わった後は、そのまま外へ出されてしまうことが多いので、映画終了後にトイレに行こうとするとちょっと難しいことがあるから要注意。途中、突然停電になって映画がストップしてしまうこともあるが、発電機が始動してすぐに回復するので取り乱さないように。外国人には、設備、清潔さ、安全性などの観点から、断然PVR、DT、サティヤムなどのシネコンがオススメだ。

 どの映画を見たらいいか、どの映画が面白いか、この見極めはかなり難しい。インド映画には、珠玉の傑作もあるが、超Z級の駄作も多い。駄作を避け、良作を見るのは、消費者に与えられた当然の権利である。どの映画を見ようか迷ったら、新聞、雑誌、インターネットなどのレビューを見たりするのもひとつの方法だが、この国で一番頼りになるのはやっぱりクチコミである。インド人の間で話題になっている映画は、日本人の鑑賞に耐えうるものが多い。彼らの映画鑑賞眼をあなどってはならない。また、インド映画好きな日本人に聞いてみてもいいだろう。慣れてくると、プロデューサー、監督、音楽監督、俳優などで映画の出来をある程度推測することが可能になるが、ひとまず入門編なので、深入りはしないでおく。

 インド映画を楽しむ際、大きな障害となるのは何と言っても言語の壁である。ヒンディー語映画に出てくる登場人物は、当然のことながらヒンディー語で会話をする。英語字幕などはない。インド映画を骨の髄までむしゃぶりたいのなら、ヒンディー語を習得するしかないが、ヒンディー語の知識がなくてもある程度楽しめてしまうのがインド映画のいいところである。インド映画享楽の第一段階は、理性ではなく感性で楽しむことである。かっこいい男優の見事なヒーロー振り、きれいな女優の美貌やファッション、面白い顔のコメディアンのおかしなアクションを目で見て楽しみ、途中何度も挿入されるミュージカル・シーンで音楽やダンスを身体で楽しみ、大袈裟な効果音を頼りに、何となくハラハラしたり、涙をポロリと流したり、憎々しい気分になったり・・・。要は童心に帰って映画を見ることができるかどうかである。現に、日本人を見ていても、大人よりも子供たちの方がインド映画を楽しむ術を自然と身に付けている。もしかしたら、インド映画は大人と子供を見分けるリトマス試験紙みたいなものかもしれない。インド映画を心から楽しんでいる大人のあなたは、ひょっとしてまだ心は子供なのかも・・・。逆に、この第一段階で挫折してしまう人には、残念ながらインド映画は向いていないかもしれない。敢えてコツを申し上げるならば、「深く考えてはいけない」ということである。誰もディズニーランドに本物を求めていないのと同じで、インド映画に現実性を求めてはいけない。手品ショーやサーカスを見に行くつもりで、映画館に足を踏み入れるべきである。

 自転車の乗り始めと一緒で、第一段階を突破できれば、あとは自然とインド映画の魅力にはまっていくだろう。ヒンディー語を学んでみたくなったり、好みの俳優ができたり、インド映画のDVDを集め始めたり・・・。だが、このインド映画享楽第二段階も入門編という主旨から外れるので、これ以上の言及は避ける。

 上では、第一段階で挫折した人を残酷にも見放してしまったが、しかしそんな皆さんにも別の角度からインド映画を楽しむ道はまだ残されている。インド映画は非常に門戸の広い映画なのだ。その残された道とは、最近流行のヒングリッシュ映画のことである。ヒングリッシュとは「ヒンディー+イングリッシュ」の造語で、ヒングリッシュ映画とは簡単に言えばインド製英語映画のことである。つまり、監督や俳優はインド人なのに、しゃべる言語は英語。こういう映画が徐々に増えてきており、都市部の中上流層を中心に一定の支持を受けている。いくらインド人の話す英語は聴き取りづらいと言っても、英語であることには変わりないので、ヒンディー語よりは理解度は上がるだろう。さらに、ヒングリッシュ映画は海外市場や国際映画祭を視野に入れて作られているためか、質の高い作品が多い。インド映画の最大の特徴である、ミュージカル・シーンがないヒングリッシュ映画も多いし、上映時間も2時間程度と国際標準的。途中で突然踊り出す映画はちょっと・・・と言う人にも、ヒングリッシュ映画は自信を持ってオススメできる。そう頻繁に上映されているわけではないが、シネコンの上映映画の中、インド人俳優が出演しているのに言語が英語という映画があったら、それがヒングリッシュ英語である。とりあえずヒングリッシュ映画からインド映画の世界に足を踏み入れてみる、というのも、21世紀ではありうる選択肢だ。

 最後に、これはお願いに近いのだが、この入門編を読んでしまった皆さんには、是非インド映画を映画館で楽しんでもらいたいと思っている。現在、TV、VCD、DVDなどでインド映画を見ることが可能になっているが、心に留めておいてもらいたいのは、「映画は映画館で楽しむもの」だということだ。これはインド映画に限らず、洋画や邦画にも当てはまる。映画は一種の魔法である。映画の製作者は、観客を魔法にかけなければならない。しかしその魔法が効果的に発動するのは、設備の整った映画館をおいて他にない。映画館という密閉された空間で、大音量の音響と大きなスクリーンに囲まれ、ある程度自由と時間を拘束され、大勢の観客と共体験する芸術が映画である。魔法の呪文を一字一句でも間違えたら魔法は効果を失うのと同じく、映画もこれらの条件のひとつでも欠けたら意味を失う。インド映画の面白さは、特にこれらの条件に依っている。そう考えると、映画館でインド映画を見ることができる我々は、非常に恵まれた環境にいるのだ。そして、一度見逃してしまった映画は、多くの場合、二度と映画館で見ることができない。つまり、その映画の魔法にかかる機会を永遠に失ったことになる。そうなった場合、DVDなどを使って擬似的な魔法にかかるしかない。だがそれは、残念ながら食べ逃した料理の残り香を嗅ぐようなものだ。「映画は映画館で見るべし」「映画館で映画を見ていない人は、その映画について偉そうに語るべきではない」「今日見られる映画は今日見ておく」これらの格言を記憶の片隅に留めて、清く正しいインド映画生活と充実したデリーライフを送ってもらいたい。

 手前味噌になるが、小生は自身のウェブサイトに最新ヒンディー語映画の全あらすじやレビューを掲載している。いわゆるネタばれになってしまうので、インド映画中級者以上には映画鑑賞前に見てもらいたくないのだが、ヒンディー語が分からない人たちにはいくらか助けになると思う。小生がデリーにいる間はウェブサイトは続けられると思うので、もしヒンディー語映画を見て筋が掴めなかったりした場合は、参照にしてもらいたい。サイト名とURLは以下の通りである。

■これでインディア http://www.webspace-jp.com/~india/

 ついでに、インド映画を見る際に参考になる英語のウェブサイトを列記しておく。

■India FM http://www.indiafm.com/
■Planet Bollywood http://www.planetbollywood.com/
■Nowrunning.com http://nowrunning.com/
■The Internet Movie Database http://www.imdb.com/

>> BACK <<