| ブータン紀行 |
三菱商事ニューデリー駐在事務所長
吉野 宏
1.はじめに
「見たこともない素敵な花。ありがとう!」この花のお返しに、「ヒマラヤの花追い人」と言うペンネームをプレゼントされた。私の暑中お見舞いに対する返事として、男が男に花の写真を贈りこんなお礼を頂いた。余程、此花に感動したのだろう。今年の東京の夏は暑かった。この素敵な花とはブルーポピー(青いケシの花)。ヒマラヤの5千メートルの高地に咲く高山植物の女王、7月~8月に見頃を迎える。そして、待っていた夏の便り、ブータン松茸の発売開始の連絡が今年も又手元に届けられた。インドで松茸が我が家の食卓を飾る時でもある。私がブータンを訪問したのは2003年7月22~24日。今でもあの時の感動は忘れられない。
2.パロからテインプー、チェレラヘ
コルカタよりブータン航空で北方に飛んでたったの1時間。パロ国際空港に到着。タラップを降りると空気が違うと直ぐに実感。山々の木々が呼吸する空気を人間が呼吸する。この国はどうやら3つのキーワード、「ブルーポピー」、「雷龍」、そして「ヒマラヤの秘境」で表現出来そうだ。この国は自ら龍の国と称している。日本の九州くらいの広さの国にたった70万人が住む。180Mから7550Mの高低差がある。国王が住む首都テインプーの人口がせいぜい約6~7万人。外国との往来は厳しく制限されている。日本との関係の歴史は浅く1986年に国交樹立。日本人は年間1200人くらいしか訪問を許されない。観光ヴィザでさえ簡単には取れない。
飛行場を出ると、川が傍を流れている。ヒマラヤの水をためながら猛スピードで下っている。この川に沿って車道がありテインプーに繋がる。約100KM。片側1車線の狭い道でS字カーブを何回も走る。時速50KMくらいで走るが、時々死角から対向車線を走るトラックとすれ違い度々ひやりとさせられる。何せ山の斜面を切って造られた道が高い所で高度3千Mくらい、右手か左手に常に崖下の川を見て走る。その深さは多分千Mはあろうか。はらはらどきどきのドライブ。
この国の人の顔は日本人によく似ている。否、日本人がこの国の人に似ていると言うべきか?違和感は全くない。江戸時代にタイムスリップしてしまった感じ。男性も女性も日本の着物みたいな服装が正装である。男性のものは“ゴ”、女性のそれは“キラ”と呼ばれている。自ら外の世界と孤絶して独自の道を歩んで来た。科学技術の進歩から取り残されている。学校では国語であるゾンカ語と英語で授業を受けているので、日本よりも英語が通じる感じ。この国の人々はおおらかで親切、何といっても愛想がいい。携帯電話とPCで追いまくられ、カード一枚で何事も用事が済む現代社会とは全く違った社会がここにはある。否、未だ残っていると言うべきか。パロから車で途中休憩を入れて2時間すると、龍王の都、THIMPHUに到着(2400M)。この街もパロと同じく川沿いに発展した町。中央に国王のオフィスがあり、その手前に9ホールのゴルフ場がある。外国人向けにブータン工芸館がある。目を引くのは色鮮やかな手織物。この国の中の移動は全て道路。一山超えるのは簡単ではない。
この国では一妻多夫制と一夫多妻制が混在していると言う。現在のワンチュク国王は4人の后がいる。庶民の世界は長女が家を継ぐ女系社会。貧乏の子沢山で財産が分散せずに人手を確保する意味から一妻多夫が普通。男に生まれるとこの覚悟をすると私の男性ガイド(国家公務員)のコメントであった。
23日ブルーポピーを探しにチェレラに登った。此処はパロの郊外で車で2時間の3968Mの山の頂上。ブルーポピーは見つからなかった。頂上からの見晴らしは抜群。山に来ると一度は頂上に登りたいと思う。生活圏は谷底の川の流域にあるのでいつも山を谷底から見上げる生活、これだけでは面白くない。頂上に立つと日頃見えないものが見える。人間生活も同じであろう。TOPに立った人だけが見える世界がある。又、逆に谷底であればある程、その深さは山を仰ぎ見る時に実感する。この国で車で行ける最高の場所がこのチェレラと言う。富士山の山頂に車で登った様なもの。頂上には沢山のダルシン(経文旗)が風にはためきお経を唱える。ダルシンはこの国の至る所で見かける。仏教国なのである。
3.おわりに
この国の山々の深い緑を見ていると、精霊が住んでいると感じる。ネパールでは7~8千Mの雪を頂く山々にそれぞれ神が住んでいると感じたが、ブータンは一味違う。国中、何処かでダルシンがお祈りをしている。この国は毎日四六時中、人も自然も精霊にお祈りをして生きている。7-8月になるとこの国を思い出す。又、ブータンと聞くだけで何故か私の旅心は掻き立てられる。
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