| 母娘で行くゴールデンテンプルへの旅 〜紀行文〜 |
長谷川 ゆみ
私がどうしてもアムリトサルに行きたかった理由・・・シーク教徒の謎に迫りたかったから、なんていうスゴイものではないのですが、インドに足を踏み入れて以来、デリーで見掛けるシークさん達のターバンの中身や、ヒゲの行方が気になって仕方がなかった、というのが本音です。(アムリトサルに行ったからって、それが分かるわけではない、というツッコミはしないで下さい・・・。)
今回の旅は、母と娘の行き当たりばったりの2人旅でしたが、たくさんの人々と出会い、ステキな思い出をもらいました。私達の見たもの、感じたものを少しでも皆様に知ってもらい、イメージをふくらませて頂ければ幸いです。
アムリトサルは、シーク教の総本山として知られるゴールデンテンプルがある、パキスタンとの国境間近のパンジャーブ州の都市です。デリーからは、列車で5〜6時間といったところですが、「えー、遠い!」なんて言わずにダマされたと思って列車に飛び乗ってみて下さい!ワクワクドキドキしっぱなし・・・とは言えませんが、何か新しい発見があるかもしれません。
パンジャーブ州は農業が盛んな土地で、私達が行った6月末は、とうもろこし畑(に見えました)や、田植えをしている人々を車窓から見送りましたし、緑が多くてすがすがしい気持ちになれました。
また車内では、最初に新聞が配られ、ミネラルウォーター(紙コップ付き)、お湯(ポット1人1個)、お菓子、紅茶・コーヒーのセットが2回分、まさか朝食なんて・・・と言っていたらこれもまた配られ、本当に至れり尽くせりでした。シートも日本の新幹線のようで、結構快適に過ごせると思います。(帰りは夜だったこともあり、エアコンが効きすぎかなり寒かったですが・・・。)
駅に着くと、心の中で気合いを入れ直し、臨戦態勢に切り換えました。戦う相手はモチロン、リキシャのドライバーです。以前旅行に行った時に大変だったので・・・。
そういうわけで、勇んでホームに降り立ちましたが、予想と違い、あたりのリラックスムードに脱力してしまいました。
そこでオートリキシャのドライバーに行き先(もちろんゴールデンテンプル)を伝え、値段を聞くと、「50ルピー」・・・確かガイドブックには10ルピー程で行けると書いてあったような??「高すぎ!10ルピーでいいじゃん」と言うと「No、それはサイクルリキシャの値段だ」とそっぽを向かれてしまい、本を見ると確かにそう書いてありました。ちょっと笑ってごまかして、オートリキシャに乗り込みました。
同じ列車で到着したニュージーランド人の乗ったサイクルリキシャを追い越し、長い坂をのぼって一路金閣寺(知り合いの日本語OKのシークのお兄ちゃんはそう言っていました)へ向かいます。
寺院の前の通りは人々でごった返しており、オートリキシャとはそこで別れて歩いて向かいます。人々の頭上に見える白い建物と、真っ青な空とのコントラストがとても美しく、彼らの信じるものや、祈りを垣間見た気がしました。
グルドワーラー(シークの寺院をそう呼ぶそうです)は、まわりをアムリタ・サロヴァルと呼ばれる“不死の池”に囲まれており、その外側を回廊と門に囲まれています。敷地に入る前に履物を預け、頭を布で覆い、冷たい水で足を清めて門に向かいます。門をくぐると下りの階段があり、目前に広がるゴールデンテンプルと池と空の美しさに目を奪われます。
四方に門が据えられ、階段を下って寺院に至る道程は、シーク教の懐の深さを表しているようです。日本の神社・仏閣はたいてい階段を上っていきますよね?
そんなわけで、ここでも若干珍獣気分を味わいながら、人々の間にまぎれ込んで行きました。それでもシークの人々が親しげな笑顔を向けてくれたり、気さくに話しかけてくれたりするのが嬉しくて、顔も緩みっぱなしでしたが、空腹には勝てず(着いたのがお昼過ぎでしたので・・)荷物を置いて宿を探すことにしました。ゴールデンテンプル内に無料の宿坊があると聞いていたので、いろんな人に尋ねながらそこに向かいました。
食事にありつき、しばらく周辺を見ながらジャリアーンワーラー庭園に向かいました。ここは1919年のアムリトサル大虐殺の舞台となった場所です。400人近くの人々がイギリス軍に殺されたそうです。今でも弾丸のあとの残るレンガ壁があります。今では噴水のまわりで子供達が遊んだり、建物の影で昼寝する人がいたりと平和そのものですが、大虐殺の絵や人々が追われて飛び込み多くの命が失われた井戸などを目の当たりにすると、彼らの超えてきた痛み・苦しみの上に現在があるのだと祈りたい気持ちでいっぱいになりました。乗り越えたツライ経験があるから、彼らは情け深く親切でいられるのでしょうか。
夜のゴールデンテンプルも絶対に見たいと思っていたので、再び足を運びました。やわらかな光に包まれた寺院は美しく輝き、昼間とは違った表情で私達を迎えてくれました。今度は昼間できなかった礼拝をしようと長い列に並びました。まごまごしながら列についていると、若い男の子2人が声をかけてきて、お供え物を買ってきてくれたり、礼拝後に食事(ゴールデンテンプル内のフリーフード)に連れていってくれたりと、彼らにはお世話になりっぱなしでした。
礼拝時の祈りの言葉を教えてくれたり、敷地内をいろいろ案内してくれたりと、本当に彼らの親切が嬉しくて、感謝でいっぱいでした。彼らは21歳の大学生の双子で、ヒンズー教徒ですが毎週日曜日に礼拝をして、ここでごはんを食べるそうです。とてもカワイイ兄弟でした。
今回宿坊に泊まる予定だったのですが、変更してホテルに宿を取りました。宿坊は、入る時に名前等を記入し、退出時にも日時を記入します。私達が出ていこうとすると呼び止められ、係の人が何やら手を差し出しています。握手を求めているのではなさそう・・・やっぱりインド!彼にお布施を渡してホテルに向かいました。
ホテルの向かい側にはフレッシュジュース屋があり、滞在中に何度か足を運んだのですが、一度そこで愉快なシークの若者達に会いました。3人組は、夫婦とその友達の男の子で、自分達のテーブルの方へ「こっちへおいでー」と私を呼び、みんなで写真を撮ったり、冗談を言ったりして、楽しいひとときを過ごしました。
以前から感じていたのですが、シークの若者は結構、馴れ馴れしいのかなー?と、また考えてしまいました。(出会ったシークさんの絶対数が少ないのでなんとも言えませんが・・・。)大笑いして楽しかったのでいいことにしよう!
翌日は心ゆくまでゴールデンテンプルを見ながらくつろぎ、“いちばん有名な店”みたいなことが書いてあるレストランで食事をしたり、通り沿いの店で買い物をしたり、町をブラブラして気ままに過ごしました。
途中、布を染めているところを見学したり、道に迷ってさまよい歩き、子供にとりかこまれて逃げたりしながら、何度もホテルとゴールデンテンプルを往復しました。(ホテルの受付のお兄さんは、“また何か取りにきた?”という顔で私達を迎えてくれました。)
パンジャビスーツも3時間で仕立ててもらい、デリーへの帰路につきました。
ゆったりとした時間を感じながら、人なつっこい人々と過ごした2日間は、私の心にじんわり染み渡り、忘れられない思い出となりました。
文才がなくてうまく伝えられませんが、読んで頂いたことに感謝いたします。少しでも興味がわいて、行ってみよう!と思う方がいらしたら幸いです。
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